2000年「グルグルっぽい正月」その二
九州日田「求来里川」
 

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くくりがわ(未改修)



2-1 まず九州へ行かねばならん

 金沢駅、2000年1月1日午前4時。始発まではあと一時間半あるが、待合室には数人の人影がある。私もその中で、駅前のコンビニで買った弁当を食べていた。さすがに正月なので割と高い弁当を選んだのだが、空きっ腹には何でも同じであった。弁当の匂いで何人か起こしてしまったようだ。食べ終えて、金沢発5:24の敦賀行で西へと向かう。加賀市あたりで日の出だったようだが、寝込んでいて見逃した。白山から昇る初日を見られたものを…。無念。

 さて、これから鈍行を乗り継いで九州へと向かう。ものすごく面倒そうに思えるが、なに、京都からは快速夜行で博多まで直通である。すなわち博多には24時間後の明朝7時半に着く。まっすぐ行くだけなら金沢を昼過ぎに出ればいいのだが、京都に寄り道をすべく朝駆けである。
 現在手元にある切符は、往復用の「青春18切符」本日分を含め4日分、および広島発着の「周遊きっぷ」九州ゾーン3枚、岡山−広島間の乗車券の都合5枚。青春18切符は普通・快速にしか乗れないが、5日分乗り放題で11500円、一日分2300円と長距離の移動にはかなり安い。快速夜行が運転される季節ならばさらに有効である。周遊きっぷは、周遊ゾーン内では特急自由席まで乗り放題なので、九州や北海道のように夜行特急がある地域では宿代が省けて有利である。ゾーン入口までの往復の乗車券とセットでないと買えないため、往復の最短制限距離200kmぎりぎりの広島発着としてある。青春18切符の有効期限は、日付が変わって最初に停車した駅までとなっているため、今回の場合、今日付の青春18切符が有効なのは岡山まで。最後の岡山−広島の乗車券は、その間を埋めるべきものである。周遊きっぷは¥20,040、岡山−広島が¥2,350(いずれも学割)だった。購入は駅の旅行センターや旅行代理店で。

 昼過ぎに京都に着いた。昼食ののち伏見稲荷へ行ってみた。3年ぶりである。もちろんものすごく混んでいた。
 早くも歩き回る気力がなくなってきたので、時間は勿体無いが、片町線などのんびりと回る。京都に戻ると日が暮れていた。贅沢といえば贅沢な時間のつぶし方である。贅沢ついでに、京都タワーの地下の銭湯に入りに行った。市内の銭湯は今日はほとんど休みだが、ここだけは元日から営業している。値は張るし、混んでもいたが、さすがにだいぶ疲れは取れた。

 夕食を済ませて、京都発21:32の夜行快速「ふるさとライナー九州」に乗る。たいした混雑ではない。椅子を倒して目を閉じたら、すぐに眠ってしまった。大阪を過ぎたかどうかも覚えていない。



2-2 豊後竹田のベルの木

 九州入りしてからの行程は紆余曲折が多いので、詳細は行程表を参照して欲しい。とにかく、長崎やら宮崎やらを回って、1月3日の昼に豊後竹田駅についた。列車が着くと「荒城の月」のメロディーが流れる。この曲の舞台、岡城趾は駅から市街地をはさんだ向かい側にそびえている。まずはそこを目指そう。
 市街といっても、1km四方もない小さな盆地である。くまなく歩き回っても2,3時間程度であろう。城址の手前の神社から町が見渡せた。

 岡城址は市街地の南東側にある。このあたりの地形地質は、火成岩がかなり浸食を受けた台地状になっているようで、斜面はかなりの急傾斜、凹凸も複雑である。市街地は谷底の盆地にあり、城址は削り残しの一番高い尾根の上にある。ひたすら坂を登る。登っていくと、昨年復元されたという大手門が見えてきた。城郭は、明治維新の際に民間に払い下げられ、建物は全て取り壊されていたが、大手門のみがようやく復元されたらしい。「荒城の月」の舞台としては何も無くてもいいとも言えるが…。出来栄えは立派である。門をくぐり、本丸跡までなおも登る。建物は失われたが、目の詰んだ立派な石積みはまだまだしっかりしている。

岡城址。竜もいるかも。

 石積や雑草を眺めているうちに、その風景がイエタ村のそれに見えてきた。山の上の田舎の村…「まちがいない、ここはただの平和なドいなかだ…」…。石段の途中に腰を下ろして、谷を眺めた。うらうらと日が照っている。風はいくらか冷たいが、寒いほどではない。このへんは雪は降るんだろうか…。

 一時間半くらいで市街へ戻り、広くもない街中をうろうろする。ごくごく普通の田舎町に見える。市内のどこかに、「衛藤先生のお母さんがやっているお店」があるらしいのだが…まあそう簡単には見つからないわな。とりあえず「衛藤靴店」は関係なさそうだ。あとは…駅前からの道の途中に、ちょっとあやしげなCD屋があった。その隣には凝っているんだか手抜きなんだかわからないからくり時計。そして、駅前からすぐのところになかなか意味ありげなモニュメントがあった。名称は「カリヨンベル」。多分…ベルの木とかの元ネタなのではないかと…。

竹田のベルの木

 盆地の夕暮れは早い。路地の隅にはもう夜の影が見えてきた。名残惜しいが、4時過ぎの列車で大分へ戻る。大分までは2時間の道程である。



2-3 熊本の夜は更けた

 別府で温泉につかり、夕食の弁当を買って上りの特急に乗る。車内で弁当を食べる。…やがて腹が痛くなった。あたったな。だましだまし、何とか飯塚までたどり着く。駅寝または星でも見ながら徹夜のつもりだったが…やばい。寒気がする。しょーがないコンビニめぐりだ。

 「腹が痛い」「眠くて寒い」。個別なら慣れているが、まとめて襲われるとまだまだ辛い。落ち着き先の無い事が、余計に心細さを増す。

 直方行きの始発に乗る。椅子に腰掛けると、涙が出るほど落ち着けた。なんだか、自分の本来の居場所に帰ってきたような気分であった。…自分が鉄であることを実感する。「何はともあれ、列車に乗れば没問題」…幸せだがなーんか情けない。

最後のレッド・トレイン、筑豊線の50系


 博多近辺をうろついたのち、熊本へと向かう。体調はだいぶ良くなった。まあ、今夜はまっとうに宿を取るつもりである。熊本の駅前で地図を見ていると声をかけられた。「今夜の宿はお決まりで?」1000円値切って駅前のビジネスホテルに部屋確保。

 夕食を済ませて、夜の8時に駅前で「ククリ様礼拝堂」のけんけんさんと待ち合わせ。会うのは去年夏のHUP以来だ。車(とびらさんのステッカー2枚貼付)を出してくれた。年賀の挨拶もそこそこにグルグル話に突入。まずはカラオケへGo。歌えぃ!"Wind Climbing" "晴れてハレルヤ" はお約束。奥井亜紀さんの曲がこの二曲しかないのは残念だが…。"金のトビラ" 入らないかなぁ。
 一時間はあっという間に過ぎて、舞台はさらに藤崎温泉へと移る。市内藤崎宮前の熊本電鉄ビルの最上階にある天然温泉浴場である。泉質は食塩泉、なめると海水の味がした。それにしても、やっぱり九州は暖かい。吹きっさらしの露天風呂でも寒くない。グルグル話「グルグルはやっぱりギャグでしょお△」、HP運営の話「掲示板の運営は大変だよ☆」、旅の話「明日は日田の求来里へ△」、温泉の話「熊本はいい温泉が多くて☆」…。自分の、考えるのと話すののとろさがもどかしい。いきおいぞんざいな口調になるし…。

 とにかく、夜は更けていった。



2-4 求来里川

 明けて1月5日。さすがに寝坊をした。急いで列車に飛び乗る。久留米で久大本線に乗り換え、11時半ごろ日田に到着。

 日田は、大分県の北西の端にある町である。そこに「求来里」という地名がある。図書館で角川の地名辞典をめくっていて見つけた。1/25000地形図なら熊本1号-1、日田図幅の右上。普通の地図でも、例えば昭文社の「ツーリングマップル」などでも載っているので興味のある方はご確認あれ。日田の駅から東に2kmほどのところにある、求来里川沿いの谷の一帯が求来里であるらしい。
 何があるというわけでもなく、グルグルに縁があるわけでも無いだろうとは思うが、今回九州に来た最大の目的はこの場所へ行くことであった。まずは駅前でバス便の確認。…便数が少なくて使えず。歩くか。

 食料を買い込み、コインロッカーに荷物を預けた後、駅前から線路に並行する国道212号線を大分方面へ歩く。豊後三次の駅前を過ぎたところで線路を渡り、三隈川から北側の山地へ分け入る谷へ入る。谷底一帯は、水田だったところが開発され、新しい住宅が並んでいる。谷沿いに1kmほど尾根筋まで登り、新しい広域農道と合流すると、いよいよ尾根の向こう側は求来里の谷である。馬の背のところに「求来里入口」のバス停がある。

 バス停のところから谷が見渡せた。北向きに開けた谷間には水田が広がり、その中を細い川がうねりながら流れている。あれが求来里川だろう。山と田んぼの間に家がまとまって建っている。山の斜面は竹林や梅畑、杉木立。ごく普通の山間の農村である。今は寒々とした風景だが、花の季節や夏場になれば、いい景色だろう。

求来里谷眺望

 谷へ降り、谷筋の道を下流のほうへ進む。求来里川はまだ改修が行われておらず、幅の狭い谷を掘って田んぼの間を流れている。岸には所々に雑木や竹が茂っている。こういう、コンクリートで固められていない川も今ではなかなか見られなくなった。先程の広域農道が尾根筋から降りてきて、今歩いている谷筋の道と交差。角に農協の求来里支店があった。
 このあたりの住居表示には求来里の名前は現れず、小字名らしい名里、求町、神来町、下林などが使われている。谷筋で求来里の文字を見かけたのは、川の名前の他には、この農協と「NHK求来里テレビ共同受信施設」だけであった。

 川は途中からは改修工事が行われ、コンクリートブロック護岸の妙に幅広の川になっていた。谷はS字に大きく曲がり、バス停から2.5kmくらい下流で池辺川と合流する。ここより下流は、地図上は池辺川となっている。大字としての求来里の範囲もこのあたりまでであろう。が、戻るのも癪なのでさらに下流へと進む。

 その先の橋の橋名板を見ると「求来里川」と書かれていた。どうやら池辺川合流点より先も求来里川と呼ばれているらしい。それなら問題なし…、いや、それどころかあれがあるかも…。
 大分自動車道の高架をくぐり、いよいよ有田川の谷に合流しようかというところで、ついに遭遇。建設省の河川名板…橋のたもととかに立っている、青地に白文字で川の名前を書いた看板。漢字書きで振り仮名があり、大分県の県名まで入ったやつである。別にあっても無くても名前に変わりは無いのだが、何か象徴となるような写真を撮っておきたかったので素直に喜ぶ。

記念撮影。

 有田川の谷に入ってからも、求来里川は1kmほど有田川に平行してながれ、それから合流する。合流点の少し手前、求来里川最下流の橋は改修前からの古いもので、橋名板には「いけべがわ」と書かれていた。名前が変わったのは最近のことのようだ。

 だいぶ雲が出てきた。今日の天気予報は曇りのち雨。降られる前にここまで来られて良かった…。橋のたもとで一休みの後、駅へと向かった。バス停はあったがやはり便が無かった。



2-5 帰還

 九州から鈍行で東京は遠い。夜行はもう運転されとらんし…。1月5日、日田から大分へ出て夜行で博多に戻り、1月6日は門司港や宇部、徳山に寄って広島泊。1月7日は広島市内を歩く。比治山の市立漫画図書館には…グルグルないぞ。その後大阪まで出て泊。1月8日、大阪から東海道線を上り、熱海から伊東、稲取へ出てサークルの合宿に合流、稲取泊。1月9日夜にようやく帰宅と相成った。



 金沢で買ったグラスは無事に届いていた。祈った甲斐もあったというもの。そして、FC会誌「HIROHIRO」1月号は、グルグルのアニメ化が決まったことを報じていた。



多謝◇息抜き提供:けんけん様。


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