■ ■ ■ TOP旅TOP 岐阜「久々利」行程表
2000.4.8〜9 ■ ■ ■

泳(くくり)

 岐阜県可児市久々利。可児市の南西部、久々利川が形成したごく小規模な扇状地の上に位置する小集落である。「くくり」という地名は、かつて当地に景行天皇堯幸の際、当地の八坂入彦皇子の娘弟媛を見初められ、口説き落とすべく滞在。その際造営された仮の宮…「泳(くぐり)の宮」からきていると言われる。それでは「泳の宮」の由来は…というと、庭の池に放した鯉の泳ぐ様子…「水くぐる」からきているらしい。なお、景行天皇は紀記伝承の第12代天皇であり、実在したのかどうかは定かではない。
(参考:現地の解説板ほか)


 さて、岐阜に「久々利」の地名があることは、「HIROHIRO」38号(1999.7)への旅人くう氏の投稿により知られている。私もそれで知った。
 知ったからにはいつか行かねば…と考えていたが、たまたま青春18きっぷが一日分余っていたこと、アニメイト名古屋店で開催のエニックスの原画展で衛藤先生の原画の展示があることから、去る2000年4月9日(日)、当地を訪れることにした。


1. 行き

 八日の夜の夜行快速「ムーンライトながら」はなかなか悲惨であった。夕方に渋谷でnaruto氏と会った後、夕食と風呂を済ませて小田原から乗ったのであるが、小田原に着いた時点でホームにはすでに行列が出来ており、やがてやってきた列車もすでに立ち客(無券乗車者…)がかなりいた。その結果…通路もデッキも満員、床に座ることすらままならない。さすが、青春18切符の使える最後の週末、土曜の夜である。

2. 可児

 富士あたりまででいくらか降りた人もいて、デッキに座れる程度にはなった。しかし座ったところで眠れる状況でもなく、ぼんやりしたまま名古屋が近づいてきた。名古屋の手前の金山で降り、中央線で多治見へ、そして太多線で可児へ。朝は結構冷える。
 ここから久々利へはおよそ東へ10km。久々利川に沿って歩くのもいいが、バスもあるようなのでそれを待つ。本数は、休日は朝方に二便、昼に一便、夕方に二便。運行は東濃鉄道。

3. 久々利

むこうに八幡神社

 可児の市街を抜け、新道から旧道に入って、水田の中の道を走ることおよそ20分。いきなり集落の中に入ると、終点の久々利農協前である。時刻はまだ8時前で、あたりはひっそりしている。
 バス停の前に山車が停めてあった。どうやら今日は八幡様のお祭りらしい。山車の四周に垂らしてある布には「泳」の一文字の刺繍。「くくり」と読む。「くくり」の表記は、このほかに「八十一隣」(万葉集)、「纐纈」(氏名)などもあるらしい。

4. 泳宮跡

 まずは集落の南側にある、泳宮跡といわれるところに行ってみた。久々利川に面していて、公園の様に整備されている。一角には山車庫がある。桜が沢山植えてあるが、まだ一分咲きといったところ。
 その他には、干上がった池の跡とおぼしきものと石碑、万葉歌碑、案内板があるのみである。たとえ伝説が本当にあったことだとしても、すでにそれから1500年、仮の宮の跡など残っているほうが奇蹟であろうし…そもそもグルグルとは何の関係もないだろうと思われるのであった。ただ、このような伝説やゆかりの地が成立するからには、何らかの出来事なり事件なりがあったのかもと思われるのも確かである。

5. 久々利城趾

 集落の東側には、可児市の郷土資料館がある。ここへも寄ってみようと思っていたのだが、まだ開館時刻まで間があるので、資料館の北側にそびえる久々利城趾に登ってみた。
 室町〜戦国時代のごく小規模な山城で、すぐに本丸まで登ってしまう。眼下には久々利の集落と、その向こうに広がる水田、その中を流れていく久々利川が望まれる。現在の久々利の集落は、室町時代に当城にあった土岐三河守悪五郎一党の元で久々利庄として成立したのが原点らしい。その後1583年に豊臣勢に征服され、江戸時代には木曾千村氏他が入り、明治22年の町村制施行で久々利村、大正3年に他村と合併して可児町が成立した。(平凡社「岐阜県の地名」、現地の立て札より)

6. 可児市郷土歴史館

 特に見るべきあても無いので、集落内最大の施設と思われる市立の郷土歴史館に入る。展示は、当地で発掘された恐竜や植物の化石から石器、土器、そして中世〜近世の遺物、また瀬戸物(特産)や美濃焼、近代の機織具、藁葺きの民家一棟…など。さすがに資料点数は少ないが、あるべきものは一通りそろっている。  泳宮についての資料もあるかな…と思っていたのだが、職員の方に尋ねても、現地の立て札の内容以上のことは出てこなかった。あとは、しばし雑談。今日の八幡様のお祭りでは、午後から山車が出て操り人形を演じるらしい。ぜひ見たいが…。

7. 八幡神社例祭

 久々利の八幡神社の例祭は、年に一度、4月10日に近い日曜に行われるらしい。午前中に神事が執り行われた後、午後には集落内で繰り人形の奉納が行われる。今日はたまたまその日にあたったわけだが…しかしバスの時刻が悪い。13時20分の次は夕方、16時台までない。名古屋から東京への最終が名古屋発18時半の新快速、可児から名古屋まではおよそ一時間強、もう一つの目的である原画展にも行きたい…。
 郷土歴史館を出て、八幡神社などを回ってまた農協前に戻る。丁度、二台の山車が朝の位置から引き出されて、集落の中央あたりにあるお屋敷の前まで動かされるところであった。
 動かすといっても、全車軸固定、木製車輪の山車である。進行方向を少し変えるのにも一苦労、時々止まっては車輪を外し、車軸にヤニを塗っている。数百メートルを数十分かけて動かし、ようやく所定の位置に落ちつけて昼休みとなった。わたあめとカキ氷とくじ引きの屋台が一つづつ出ている。
 私もバス停で菓子パンをかじる。

山車。農協前にて。

8. 離開

 可児行きのバスの時刻が迫ってきた。繰り人形の奉納は14時かららしいが、待ちきれない人たちがそろそろ集まり始めている。名古屋や東京から祭りにあわせて里帰りしている人も多いようだ。繰り人形を撮りに来たらしき方も数人。皆、屋台を冷やかしたり、世間話をしたりしながら始まるのを待っている。
 結論から言えば、午前中にアニメイトへ行って、昼のバスで久々利に来るのが最も理想的であったが、いまさらどうにもならんので、祭りをあきらめて13時20分のバスで名古屋へ戻ることにする。  時刻ぎりぎりまで山車を眺めていた。う〜む、心残り。バスはほぼ定刻にやってきて、すぐに折り返し。さらば久々利。

9. アニメイト名古屋店

 可児についてしまうと、今度は時間にはかなり余裕がある。バスの車内から見かけたブックオフに行ってみた。収穫:シングルCD一枚、HIMの"SHHOTING STAR"。"LOVE GOES"収録である。
 久々利川の下流を見たりした後、名鉄で名古屋へ出て、アニメイト名古屋店へと向かう。名古屋駅の太閤通口から歩いて5分くらいのところである。店頭はかなり混んでいる。店先のゴミ箱には、例のエニックスフェアーのポストカードの赤い封筒がうずたかく積みあがっていた。LDのセールも行われているようで、レジでは山のようなLDを抱えた方が数万円単位のやりとりをしている。

10. エニックス原画展

 目当ての原画は、店の一番奥のガラス棚に並んでいた。ガンガンで見慣れた先生方のカラー原画が十数点、グルグルの原画は3枚あった。52章の扉、いつだかのガンガンの表紙、えーと何だっけ…。鮮やかな色使いの絵が多い中、ひたすら中間色を追求するかのようなグルグルはなかなか異質だった。…漫画の絵じゃないんだなぁ…。使ってるのは水彩…色鉛筆だろうか、水性マーカーだろうか…。
 できることならじっくり眺めていたかったが、何せ混んでいるのでそうもいかない。それでも立つ位置を動きながら、かなり長い時間そこにいたように思う。とにかく、きれいな絵だった。



 店を出るとそろそろ夕暮れ。帰るとしよう。最後に駅できしめん食べて、東海道線を一路東へ。これまた長距離と思われる人々で結構混んでいる。さすがは18切符の使える最後の週末。明日からは学校だ。


多謝◇旅ねた提供:旅人くう様。


Copyrights 1999-2003 NOGAWA / Ling Noga